HoI2/【KRスウェーデン】ヴァーサの場合

 

新ヴァーサ運動の権力掌握

 
全権委任法の成立後ですら、新ヴァーサ運動の体制は盤石とは言い難かった。
国家人民党による制止は無論のことであるが、事は軍部や王族勢力。
また、前政権時代に獲得したノルウェーの民族主義者に至るまで……問題は山積していた。
 

民族衝撃隊の『第四軍化』構想

 
新ヴァーサ運動が権力を握ると、今までこの運動に携わってきた人々がいわば
『利益分配』
を求めるようになる。
 
新ヴァーサ運動の事実上の司令塔となりつつあったラインフェルト・シーグフリードの動きは活発だった。
 
https://blog-imgs-141.fc2.com/r/o/c/rockgames/NorthNational.jpg
 
以前より新ヴァーサ運動が保有していた企業『北欧民族社』を政府及び軍との関係性をより密接なものとした。
 
https://blog-imgs-141.fc2.com/r/o/c/rockgames/UboatThink.jpg
 
また、スカンジナヴィア海軍の強化を目論見、潜水艦シンクタンクを創設。
 
法務大臣の座についたアルベルド・ヒムレーはスウェーデン=ノルウェー内に存在する県のシステムを統一する。
また、オスロやストックホルムといった人口密集地域の県知事を失脚させ、新ヴァーサ運動関係者にすげ替えた。
 
そして、三巨塔の一人エルランド・ラームは、衝撃的な発表を行う。
 

新ヴァーサ運動が拡大し、今日において政権の座を獲得した大きな要因の一つとして、我々民族衝撃隊の精鋭達が日々の努力をもって党と運動に尽くしてきたが故である。
そして、これからのスカンジナヴィアには海外遠征を主題として訓練を行う"新たな軍隊"が必要となるであろう。
しかし、スカンジナヴィア軍は未だ弱体である。
我々にはその任務をこなすだけの準備がある。
民族衝撃隊は上陸作戦部隊として、スカンジナヴィア陸海空軍とは別個の組織として新たな生まれ変わりを目論むものである!

 
https://blog-imgs-141.fc2.com/r/o/c/rockgames/NationalTotugeki.jpg
 
 

スカンジナヴィア陸軍の反発

抵抗

 
この発表を聞いて、スカンジナヴィア陸軍の士官は驚愕した−−そんな知らせ、一つも受け取っちゃいないからである。
とくに、新しく国防大臣の任についてエリック・ヴァルデマー・エプレボリ
そして、民間防衛大臣として郷土防衛隊の作成を目指すエーミール・リッケルト
両名の抵抗は強烈なものであった。
 
とある場面において、リッケルトはこう述べた。
 

我々スウェーデン軍は、そして今形成されつつあるスカンジナヴィア軍は前ホルスト政権において酷く辱められた。
軍部の権力を侵犯し、幾人もの軍人が謂れのない処罰を受けることとなった。
そしてとうとう、次の新ヴァーサ運動の輩共は、我々の地位を奪おうと言う!
……今あえて言おう。人民連合と新ヴァーサ運動は我々にとって同一の存在であると!
このような悪逆を前にして、我々が黙っているとは思わないことだ!

 
またエリック・ヴァルデマー・エプレボリに至っては軍部によるクーデターによる中道民主政権の樹立をさえ目論んだ。
 
 

摘まれている芽

 
そうした分裂を見て、ラインフェルト・シーグフリードは次の手をうった。

まず第一に、インフラ整備を基礎とする大公共事業政策を開始した。
 
https://blog-imgs-141.fc2.com/r/o/c/rockgames/inhura.jpg
 
 
第二に、農村への補助金の助成と、地方地主に対する税制優遇をうちだした。
 
https://blog-imgs-141.fc2.com/r/o/c/rockgames/Sihonka.jpg
 
 
この大公共事業政策を総称して『ラインハルト計画』と政府は呼称する。

この二つの政策はケインズ経済を志向するアルベルド・ヒムレーとラインフェルト・シーグフリードの両名により作り上げられた案であり、その財源に対する一種の不安は付き纏ったものの、民衆受けは非常に良かった。
 
そしてこれらの政策は明確に国家人民党の支持母体である農村と資本家の囲い込みであったが、逆に彼等が支持母体である以上、国家人民党はこれらの政策に明確な批判を付け加えることが出来なかったのである。
 
 

王手

 
そして『36年における奇跡の担い手』ラインフェルト・シーグフリードは最後の手をうちだした。
エーミール・リッケルト民間防衛大臣への政治的工作である。
 
 

蜃気楼に浮かぶ座

 
その夜。
ラインフェルト・シーグフリードはエーミール・リッケルトの邸宅に護衛たった一人をつけて上がり込んだ。
無論、事前のアポイントメントは取っている。
しかし、護衛がたった一人であるという事実に、リッケルトは驚愕した。
−−その一人とは、ヘルベルト・マーラーであった。
 
ラインフェルト・シーグフリードは言った。
 
「率直に最重要案件について言い渡します……閣下は、現在のスカンジナヴィア軍についてどう思われますか?」
 
リッケルトは答えた。
 
「繰返し申しますが、我が軍に戦争を遂行する能力はございません。防衛戦でさえ怪しい始末です」
 
「そのために、郷土防衛隊を作ろうとお考えなのでしょう」
 
「その通りです。我々にはまず防衛力がなければなりません」
 
「民族衝撃隊の宣言に対するお言葉でしょうか」
 
「ええ、全く。あなたの言う通りのものです」
 
「……我々は勇敢だが愚かではない」
「即座に戦争を開始しようなどというような夢想的な作戦を展開しはしない」
「そして、これは閣下であればよくご理解頂けるかと思いますが……防衛戦力だけでは"戦争"は出来ない」
 
「だが、私は。我々はそれを認めることは出来ない。手綱も鐙もない馬など、誰も乗りこなせない」
 
「では、一つ質問をしましょう……あなたが乗り回せる自動車を一つ仕立ててあげましょう、と言えば?」
 
「……意味がよく理解できない」
 
「単純ですよ。あなたが国防大臣に就任してしまえば良い
 
「……!」
 
「ついでに元帥号は如何でしょう。それを提供出来るのは、我々のみです」
 
「いや、しかし!」
 
「では、あのエプレボリ伯の言う"クーデター"とやらに参加をしますか?」
「36年危機再び、ですなあ。言っておきますが、我々を労力なしに殺せるとは思わないことです
 
「……検討、させてくれ」
 
「勿論!」
 
その会話を最後に、ラインフェルト・シーグフリードはリッケルト邸を後にした。
 
 

ノルウェーの『総統閣下』

 
ノルウェーには、スウェーデンにおけるヨハンネス・ヘッグやイギリスにおけるオズワルド・モズレーと同じ性質の人間が居た。
その名は"ヴィドグン・クヴィスリング"である。
 
https://blog-imgs-141.fc2.com/r/o/c/rockgames/kuvisrink.jpg
 
結果的にノルウェーはスウェーデンの"極左政権"*1によって併呑された後は目立たぬように暮らしていた。

しかし、局面は移り変わり、極右が政権を取り、そしてまたクヴィスリング自身、新ヴァーサ運動とは『知らない仲』ではなかった。

とくに三巨塔のうち、エルランド・ラームとは一種の"親交"が存在したのである。
 
 

アルフレド・シュワルツの最後の一手

 
授権法の成立後、内閣におけるSNFPの存在感は急速に薄れていった。
 
首相が自由に法律を改廃できるようになった結果、法案に対し閣議で反対意見が出ようが、ヴァーサ側がこれを強引に押し通すということが可能になったのである。
 
また、民族衝撃隊をはじめとするヴァーサ運動の内部組織が他の行政機関の権限を奪いながら急速に拡大したが、これらはあくまで党の組織であったため、財務大臣が口を挟めるものではなかった。

こうした事情の下、SNFPでは5月中旬からシュワルツ党首以下3名の閣僚を辞職させ(リッケルトはもはや党員と見なされていなかった!)
内閣を総辞職に追い込むことで再度の選挙戦を戦い抜く政権離脱論が支持を集めるようになった。
 
政権離脱論の支持者には、
ルンドバーグ国会議員団長
ハンソン幹事長
フランセン運動部長
ルンドステーン前党首
といった党の大物も含まれていた。
シュワルツは、当時の状況を以下のように回想している。
 

五月の半ばになると、保守党とSNFPでヴァーサを囲い込むという計画は、完全に失敗したと私も認識するようになった。
……ヴァーサの他者に対する暴力的、犯罪的、反知性的な態度は目を覆いたくなるものばかりであったが、それ以上に政権担当能力の点で完全に無能であるとが明らかになったのである。
農村への積極的な投資はSNFPが長年主張してきたことだから良い。だが、防衛に必要な分を超えた軍備を短時間で整備することは、近隣国を刺激して通商に多大な影響を与えるだけでなく、最悪の場合絶望的な戦争に発展する。
それに、消費財の生産をこれ以上抑えれば社会不安を招きかねない。
国民は貧乏なのに工場資本だけが潤い、軍隊だけが奇形的に発達しているのでは、文字通り “骸骨が大砲を引く”ことになってしまう。

 

ヴァーサの暴走を食い止めなければならないことは最早明白だったが、
ルンドバーグの言うように辞職すれば内閣を倒せるというのも甘い考えであると感じていた。
むしろ、ヴァーサ出身の閣僚を一人、また一人と失脚させることで現内閣の主導権を取り戻し、ヘッグを保守派の傀儡に仕立て上げることが、唯一実現可能であると、当時の私は確信していたのだ。

 
(A.シュワルツ、長村河鹿訳『シュワルツ回顧録』民明書房、1976)
 
後悔の念を抱くアルフレド・シュワルツの元に、二人の男が来訪する。
 
一人はヴィドグン・クヴィスリング
もう一人は、エリック・ヴァルデマー・エプレボリだった。
 
クヴィスリングは、言った。
 
「私は、あの新ヴァーサ運動のエルランド・ラームに纏わる秘密を握っている」

そう言って告げられた事実は、アルフレド・シュワルツを驚愕させるに値するだけのインパクトがあった。
 
また、エリック・ヴァルデマー・エプレボリはスカンジナヴィア三軍の人事配置の全てを記した書類を手に取り、解説する。
 
「スカンジナヴィア三軍の力を持ってしても、クーデターのような行動はまず不可能でしょう」
「既に民族衝撃隊の規模はスカンジナヴィア陸軍のものを越えており、また彼等には戦闘経験もある」
「しかし、人事配置を利用して命令系統を混乱、停止させることは十分に可能であります」
「我々に必要なのは実際的な軍事力や権力ではなく、民衆の支持であります」
「……それさえ得られれば、彼等もスウェーデン=ノルウェー全域に憲兵を派遣するような無茶は行なえまい」
「何より、三巨塔のうちラインフェルト・シーグフリードは『36年危機』における奇跡の担い手の片割れ」
「あの男は、そうした根本的な国家体制を揺るがすような状況に陥るような手筈を踏む"はずがない"
 
クヴィスリングは、率直に頭を下げ、言った。
 
「閣下。もはや北欧を救い得るのは閣下のみであります。どうか、ご決断を……」
 
一方、二人の誘いに対するシュワルツの反応は、終始消極的なものであった。
この日、シュワルツは二人に対し明確な答えを示さないまま帰宅させるが、
その直後にフランセン副幹事長に
 
「我々はギャンブルをするべきではない」
 
と語っている。
事実、シュワルツはこの後クヴィスリングはおろかエプレボリとも一切連絡を取り合っていないのである。
この理由について彼は次のように回想している。
 

この間、一部の右翼活動家や軍人から政権打倒のクーデターへの誘いがあったが、私はそのいずれにも応じることはできなかった。
確かに、ヴァーサ政権は打倒されるべきものであると私も考えていた。
しかし、彼らの持ち込む“作戦計画”なるものは、いずれも漠然としていて、とても成功しそうになかった。
また、万一失敗した場合、多くの党員を巻き添えにすることになる。
彼らを、杜撰な計画で死なせるわけにはいかないという思いから、私はクーデターへの参加をはっきり断ったのである

(同上)

未だに
「ヘッグを傀儡にする」
という路線に固執するシュワルツにとって、クヴィスリングの持ち込んだ情報は興味深いものであった。
しかし、エプレボリの主張する「ギャンブル」に自らも加担することなど、とうてい認められるものではなかったのである。
 
 

ハルムスタッド演説

 
そうした中、1941年の6月17日に、
アルフレド・シュワルツはハルムスタッド36年和平記念会館で開催された記念式典に副首相として出席し、国内を騒然とさせる演説を行った。以下、少し長いが全文を引用してみよう。
 

我々議会政治家というものは、絶対に有権者から遊離してはならないものです。
有権者の清き一票があるからこそ、国会に議席を得て、政治家としての職務を全うすることができる。
そのため、政治家を志す者は、有権者の声に耳を傾け、また有権者をよく観察する必要があります。
彼らが望むものは何か、必要なものは何かについて、寝る間も惜しんで考えなければ、有権者の支持を得ることはできないのです。
  
そのため、我々政治家にとって、こうしてくれ、ああしてくれと大声で主張する有権者というのは、ある意味でありがたい存在です。
影響力がある集団が自分の要求を明確に宣言し、受け入れるなら票をやると言ってくる。
これは、政治家にとってはトランプの絵札を教えてやると言われるようなものです。彼らの言うとおりにすれば、次の選挙でも当選することができるのです。
だからこそ、いわゆる圧力団体というものが重宝されるのであります。
もちろん、声の大きい集団にだけ耳を傾けていればいいのか、という疑念を皆様もお持ちかと思います。
それはもっともなことです。しかし、こうしたメカニズムによって圧力団体が政治家を動かすというのは、
議会政治を行う上で目を背けてはならない現実なのであります。
 
ところで、このところ、こうした物言う有権者、圧力団体の声が小さくなっているような気がしてなりません。
労働組合は以前のようなストライキをやらなくなりましたし、学生団体が政権批判のデモを行ったという話も聞きません。
大臣である私の醜聞を取り上げる新聞もありません。
 
正直なところ、議会政治家の一人として複雑な心境を抱いています。
スキャンダルを騒ぎ立てるマスコミがいないというのは、それはそれでよいことかもしれませんが、それ以上に深刻なのは、政治家の行動を評価する世論が見えないということです。
今の政治家は、自分の行ってることが善いのか悪いのか、世論の審判を受けることがない。
これでは、政治家の耳に入るのは取り巻き集団からの称賛、おべっかだけとなり、自分を客観的に見つめることができなくなります。
結果として、政治家は
「自身の考えた最高の政策」
の実現だけに尽力することとなり、彼の興味の範囲外の事象は一切切り捨てられることとなるのです。
 
皆さんに何を申し上げたいかと言いますと、もっと政治に対して皆様の考えを表明してもらいたいのです。
それが、我々の批判であれ、中傷であれ、称賛であれ構わない。
皆様が何を考えているのかを、我々政府、政治家にご教授願いたいのです。
 
皆様の望む方向と我々の考得る方向が違っていれば、当然我々政治家が考えを改めなければなりません。
この際、匿名でも構いません。皆さんが政治に望むことを、ラジオ、新聞、媒体は問いませんので、どんどん発信してください!
それを妨害する者がいれば、それは議会政治に対する挑戦でもありますので、私も断固として抵抗したいと思います!

 
 

長いナイフの夜

前章

 
この演説は、その内容だけで言えば、単に国民への自由な政治参画を促すだけのものであったが、現在の不安定な”赤子の独裁”状態にあった新ヴァーサ運動はこの演説を危険視し、党管轄の新聞紙面においてこの演説を批判する。
しかし、これに反発したSNFP系の新聞社はこぞって演説全文を掲載し、ハルムスタッド演説はあくまで「国民の意見表明」を促すものであり、ヴァーサ側の批判に「的外れ」と反論した。
 
また、この動きに相乗りする形でプロテスタント系や左派系の新聞社も新ヴァーサ運動の独裁体制に対する批判キャンペーンを打ち出し、多くの国民がこのキャンペーンを支持した。
 
クヴィスリング、エプレボリ両名はこの状況を鑑みて計画を進行させることを決定する。
だが、アルフレド・シュワルツはこの場面において静観の立場をとった……この動作が彼の命を救うこととなる。
 
 
既に新ヴァーサ運動は、計画から行動の段階に進みつつあったのだ。
 
 

秋の詩

 
その日。
新ヴァーサ運動が握るラジオ報道機関ではポール・ヴェルレーヌの詩。『秋の歌』の朗読が行われた。
 

秋風の
ヴィオロンの
節ながら啜り泣き
もの憂き哀しみに
わが魂を
痛ましむ。
……

 
これが"長いナイフの夜"の始まりの合図であった。
 
 

初撃

 
ラインフェルト・シーグフリードは"既に新ヴァーサ運動に転向した"エーミール・リッケルトの手により、エリック・ヴァルデマー・エプレボリのクーデター計画の詳細を把握していた。
 
「成程。クーデターを摘発するための戦力を既存警察や軍部から出させない。彼等を遊兵化させる戦略」
「国家人民党のコネクションを利用した反政府演説の流布」
「それらから得られる民衆の支持を背景とした我々に対する圧力……」
「確かに。」
「もし我が国が平時の国家であれば、それらは有効だったであろう」
「しかし、我々はもはや単なる一政党の領域に収まる党ではないし、我々は自らを縛るようなことはしない」
「そして今や、我が国は"戦時"なのである……」
 
新ヴァーサ運動はそれら反政府勢力への反撃文章を事前に用意していた。
つまり
 
「エリック・ヴァルデマー・エプレボリ。"極左と通じて"クーデター計画を構築」
「反政府勢力。事前に新内閣案を構築」
「面々にはイェルハルド・ホルスト。社民党党首等……」
 
無論、左派として挙げられた人物は既に新ヴァーサ運動の手によって『クリスチャン二世』の時点で逮捕・拘禁されていたのであるが、国民はそうした新ヴァーサ運動の悪逆を『完全に』把握出来ているわけではなかった。
 
そして軍部には、ホルスト政権時代に行われた内部粛清の記憶が未だに残っていた。
そもそもを言えば、エーミール・リッケルトの郷土防衛隊構想も、この四年間のうちに損なわれた軍部の威厳を回復するためのものであり、この経緯を考えれば、軍部を割り、分断を利用しようというエリック・ヴァルデマー・エプレボリの計画は極左による粛清の次点で許し難いものであった……彼を転ばせたのは、正しくその部分なのである。
 
こうした反撃と事前の根回しによって、逆に軍部は新ヴァーサ運動にその動きを封じられることとなった。
 
 

二度目は深く

 
そうして刃は獲物目掛けて振り下ろされた。
 
拘束された人物は、ハルムスタッド演説の草案執筆を手伝ったヴィドグン・クヴィスリング
クーデター計画を練ったエリック・ヴァルデマー・エプレボリ
また、その他の軍人を含む反政府思想を持つと見做された人々。
……『クリスチャン二世』と違うのは、拘束される人物が左派から保守、右派に切り替わったということである。
 
この『長いナイフの夜』が終わった後、ラインフェルト・シーグフリードは後世の歴史家に曰く"驚くべき厚顔無恥"をもってこう述べた。
 

政治とは真剣な職業である。
そして、政治家が民衆の声に応えるためには、ある一つの施策が必要不可欠となるのである。
それは、我々政治家は常に中道を行かねばならない、ということである。
我々は左派を切った後に、右派を切り、その中央の道をひた進んでいるのである。

 
 

ヴィドクン・クヴィスリング

 
ラインフェルト・シーグフリードは彼の取り扱いについて、逮捕の後に、全てをエルランド・ラームに託した。
これは彼……ラインフェルト・シーグフリードが、エルランド・ラームがどうするのかを理解した上で、そのようにしたと言われている。
 
最期の言葉は
 

地獄で会おう! 愛国者諸君!

 
であったと言う……。
 
 

エリック・ヴァルデマー・エプレボリ

 
捕らえられた最初期において、エリック・ヴァルデマー・エプレボリの言説は著しく混乱したものであったと言われる。
しかし、捕縛された他の人物らの最期の悲鳴が聞こえる段にあたり、彼はその態度を一変させた。
 

……この世に神は存在すると言える。かつての報いが私を迎えに来たのだ。
この地上から消え去るに辺り、最後のこの局面において高潔な人間として死することが出来るのを神に感謝しよう。
諸君らにもいずれ友人のハインが訪れるであろう。
万歳。ベルナドッテ王朝。スウェーデン王国。自由民主主義!

 
その声は薄暗い牢屋の中で重く響き渡った。
 
 

アルフレド・シュワルツ

 
ところで、この事態のきっかけとなる演説を行ったシュワルツ自身には、何一つ危害は加えられなかった。エプレボリやクヴィスリングの計画を察知しつつも、彼らと連絡を絶っていたことが幸いした。
 
しかし、シュワルツにとっては二人の行方が気がかりだったようである。ある日の閣議で、ラインフェルト・シーグフリード宣伝相に二人の安否を尋ねている。
 
「ところで、エプレボリ将軍とクヴィスリング氏は、一体どうなりましたか!?」
 
すると……後のアルフレド・シュワルツの回顧録に曰く"残忍な表情を浮かべて"彼は答えた。
 
「ああ、彼等ですか? ……死んでしまいましたよ」
 
 
HoI2/【KRスウェーデン】ヴァーサの場合


*1 この認識は正しいものだとは言い切れなかったが、国外の人間にとってスウェーデン政界が理解しがたいもののように思えるのもまた事実であった

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2020-05-16 (土) 22:40:08